京都青年団体会議への思い(2002)

第2回京都青年団体会議
京都商工会議所青年部OB 河合 純 (第2回大会実行副委員長)


「第2回の京都青年団体会議をYEGが受け持ちます」。

当時、京都商工会議所青年部直前会長だった故伊住政和氏が、そう宣言したときから私達の試行錯誤の日々がスタートしました。

 京都で暮らし活動する青年が、互いの組織を越えて交流し、何かを感じ、気づきを自らの組織に生かしてゆこう、こうした大義のもと京都伝統産業青年会・京都染織青年団体協議会そして京都青年中央会の皆さんが集まり、第1回が開催されました。伊住氏から最初にこの話を聞いた際、正直「またエライことを引き受けたなー」と思ったものです。というのは私が所属する商工会議所は他の3団体とは違い、全くの異業種の集まりです。業種が違う個人が集まるからこそ、客観的に物事を見ることができ、また忌憚のない意見を交わすことができる、私自身そうした組織に所属することの誇りを感じながら活動していました。
しかし、他団体と交流することの意義は十分感じながら、また同じ青年であることの共通項は理解しながらも、微妙に違った目的に向かい日々活動している団体どうしが意見調整をしながら、一つの目的を完遂することはとても難しい作業になるのでは、と感じていました。ともかくこうした不安を抱えながらも準備はスタートしたのです。実行委員長はもちろん伊住氏が、そして実行副委員長として、かつて京都中央青年会で会長経験もあり多方面に顔の広い太田延美君、そして私の2名体制で臨むことになりました。

 平成13年7月、第1回目の準備委員会が開催されました。各団体から担当者が集まり、YEGはホスト役という立場で約10名が参画し、第2回の京都青年団体会議を形作る総勢23名のスタッフが初めて顔を合わせました。
当時の議事録をめくってみると、文脈から様々な感情が伝わってきます。
慎重に言葉を選び相手を傷つけぬように、時には団体の思いも込めた駆け引きも、しかし、何より団体を代表して出席していることの責任感溢れる言葉の数々。
第1回目の準備委員会が終わり、YEGのメンバーで掛け合った言葉は「疲れたー」だったと思います。私たちは、まだ取り外すことのできない垣根越しに、選び抜いた言葉のキャッチボールでヘトヘトになっていました。
 今思えばこの第2回青年団体会議を開催するための数々の議論は、今日の京都青年団体会議の基礎を作ったともいえます。名称を正式に「京都青年団体会議」と定めたこと、また「年年歳歳」という統一テーマを掲げたこと。
そしてなにより「ただ出会うことを目的とするならやらないほうがいい」「いやまず出会うことからはじめるべき」「テーマを持たずして集まってどうする」「会議なんだから会議をしないと」・・・といった創設期ならではの意見のぶつけ合いをしたことで、この事業の根幹が出来上がったと思います。こうした本音の会議を重ねるうちに、当初感じていた組織の垣根も低くなり、徐々に仲間意識を持ち始める中で、いつのまにか相手の組織を自分のことのように大切に思う気持ちが湧いてきました。
 会の成り立ちが違う以上、その性格もカラーも判断基準も違う。しかし、長い時間をともに過ごし、同じ目標を持ち、それを実現するためにともに汗をかくことで、私たちは共通の言葉を確認することができました。それは、私たちは「青年」であるということ、そして活動の舞台はともに「京都」であるということ。言葉にすれば当たり前に聞こえますが、京都青年団体会議という舞台づくりに関わったからこそあらためて実感できたと思います。
 京都で活動する青年が一つの舞台に集い、そこで互いの違いを確認し、互いの組織の現状を知り、また共通の未来を語り合い、そこで得た気づきを持ち帰り、自分の所属する団体の個性を活かし京都のために力を注ぐ。第2回京都青年団体会議を成立させるために、私達はこうした意識を確認し合いました。

 私自身はこの大会を機に、その後何回か青年団体会議に関わることとなりました。存続の危機にも立会い、またスタッフの熱い涙も見てきました。私は青年部を卒業しOBとなりましたが、かつて役員会の席で「青年団体会議を続ける理由は何ですか?」という問いかけに「理由はありません」と答えました。
今ではこの事業も成長を重ね基本理念も設定され、誰に問われても目的を示すことができるようになりました。こうして年月が経つ中で積み上げてきた皆さんの努力に敬意を示しながら、私はあえて言いたいと思います。開催することに理由はないと。正確に言えば「京都青年団体会議は理由を説明する必要のない大切な事業」だと思っています。その理由は書きません。青年団体会議に関わり、参加し、他団体の皆さんと交流することで理解できると信じています。

 2002年2月15日、2002京都青年団体会議が開催されました。
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おおよそ半年をかけ、一から十まで手作りの事業は温かさの溢れた舞台でした。そして何十回と会議を重ね、同じ目標に向かって歩んだ仲間としての「友情」が確かにそこにはありました。その友情は今も続いています。
 
年年歳歳〆が京都のまちに末永く響きわたることを願っています。

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